あーちゃんに「トロッコ問題」をやらせてみた

先日の記事の続きです。

先日の記事でとりあげた「トロッコ問題」に対してのあーちゃんの応答
が気になり、この問題をあーちゃんにやらせてみる事にしました。


(その前に、基本的な情報として伝えておきますが、あーちゃんは小さい
頃から他人に対して同情心なども見せており、幼稚園などでも他の子供
が悲しそうに泣いている時など、それを見て自分も苦痛に満ちた顔になり、
よく一緒にもらい泣きをしてしまったりしてました。

又、災害や事故などで不幸にあった人達に対しても慈悲深さを示し、
自分なりに出来るボランティア活動などにも積極的に参加したりもして
きたりと、私としては基本的にはあーちゃんの”共感性””人を思いやる
気持ち”
に関しては、これまでこれといって警戒の念を抱いた事など
ありませんでした。)


では、ここで再度「トロッコ問題」を軽く説明しておきます。

まず前提として、以下のようなトラブル が発生したとします。

線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方の
路線上で動けない状態の5人が、猛スピードのトロッコにひき殺されて
しまう事になります。

この時あなたは線路の分岐器の側にいました。 

あなたがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かります。しかし
その別路線上にもう1人の人がいて、あなたが進路を変えて、そちらの
路線にトロッコを引き込んだなら、そのもう1人の人はトロッコにひかれて
確実に死ぬことになるとします。

あなたはトロッコを1人のいる別路線に引き込み、5人の命を救いますか?


f0238562_9325551.jpg


という問題なのですが、まずこの基本の問題をあーちゃんに投げかけた
ところ、しばらく黙って考え込んでいたあーちゃんの口から出て来たのは、

「It depends.....」(それは場合によりけりだ。)

と言う言葉でした。

でたー!!! 015.gif  あーちゃん得意の言葉。)

そしてその後すぐに、

あーちゃん:「もし、向こう側の1人の人がビル・ゲイツで、5人の方が
       ホームレスだったり、極悪非道の殺人犯だったり、余命が
       わずかな末期癌の患者とかだとしたら?」
       

と、逆に質問して来るではないですか! 

(ビル・ゲイツの名前を出して来たのには笑ってしまった。どうして
スティーブ・ジョブスではないのか?)    


あーちゃんとしてはどちらの路線を選ぶかの判断は、(変な言い方ですが)
その人達の人間としての”価値”による、とでも言わんばかりで、私が、


「金や権力、地位とかで”人間の価値”を判断していいと思う?
ホームレスだからと言っても、その経緯とか色々とあるかもしれないし、
現在置かれた状況だけで、誰が生きる価値があって、誰がないなど、
他の人間が判断するべきだと思う?」

と聞くと、

あーちゃん:「ビル・ゲイツなどあらゆる意味で、色々と社会に貢献してきて
       いる人と、働くのを拒否して社会の負担になっているホームレス
       の人や、個人的、社会的にダメージを与えている犯罪人などと
       では、社会への貢献度、有益度が大幅に違ってくると思う。 
       そういった面からみると、個人にはそれぞれ人間としてのvalue
      (価値)があるんじゃないかと思うんだけど。」


って、理屈を唱えて来た!005.gif

(あーちゃんによると、ビル・ゲイツはいろんな寄付団体とかにも
献金してるし、自らも ビル&メリンダ・ゲイツ財団 とかで社会に
大きく貢献しているからと言う事らしい。)


でもこれを聞き、正直言ってちょっとびっくりしてしまいましたよ。


確かにあーちゃんの言ってる事もわかるのですが、その説明の仕方があまり
にも淡々として、無感情で、あくまでも実用的な感じがして、ちょっと
「冷たい」とも思えたのでした。


(でも私も、極悪非道の連続殺人魔とかの場合だったら、いなくなった
方が社会の為になると思ってしまうかも。)


それにしてもこんな風に物事を捉えているなんてね。

ちょっとニシカル過ぎると言うか....008.gif


でもそれと同時に、あーちゃんはたとえこういったジレンマ的な状況に
置かされたとしても、一時的な感情に惑わされず、あらゆる要因を冷静に、
客観的に考慮し、全体にとってより効果的な判断を下す事が出来るという
資質をもっているのかもしれないな、なんて思ったりもしたのでした。


こういったやりとりを続けていたら、延々と話が延長しそうになるので、
とりあえず、今回の場合は”路線にいる人達の状況は等しいとみなして
判断するように”
、と再度指示したところ、今度は

「5人を救う為に1人を犠牲にする」

という、予想した通りの答えを出したのでした。


そして次に私が一番気になっていた部分の、「橋の上バリエーション版」
を投げかけてみたのです。


”あなたは橋の上で見知らぬ人の横に立ち、トロッコが5人の方に向かって
いくのを見ている。トロッコを止める方法は、隣の見知らぬ人を橋の上から
線路へ突き落とし、トロッコの進路を阻むことしかない。”

f0238562_10413735.jpg



この場合においては、ビックリするくらい素早く返答が帰って来て、
あーちゃんは「5人を救うために横にいる人を線路に落とす。」と言う
決断を下したのでありました。


その応答の早さには”ジレンマに悩む”といった様子など一切みられず、
私の驚いた顔を見て、逆にあーちゃんの方が(えっ?僕、何か変な事
でも言った?)といわんばかりの顔をしていました。


私があーちゃんの応えに対して、

「いくら橋の下の5人の命を救うからといって、見も知らぬ罪もない
人を橋の上から突き落とせる?」


と聞くと、あーちゃんは、

「前回の”路線を変えて5人を救う”のと、今回の”1人を橋から突き
落として5人を救う”のと、どちらの場合も結果的には「1人の命を犠牲に
して5人の命を救う」
という事で、同じ事だと思うんだけど。1人の命が
犠牲になったプロセスはそれぞれ違うけど、(一方は自分が操作した
トロッコによってひかれて死んだ、ともう一方は自分が橋から突き落と
して死んだ)直接的か間接的かのちがいであって、自分が手を加えた事
により1人の命が犠牲になったという事実には変わりがないのだから。」


と、またもや淡々と説明する姿にかなりビックリしてしまいましたよ。005.gif


あーちゃんの場合、一度”全ての条件が平等”(レールの上の人達や橋の
上に立っている見知らぬ人のバックグラウンドなどの要素は考慮しない)
という前提を確認すると、その後の決定条件は、”自分がどう感じるか
は二の次で、総括的に見てどうする事が一番、全ての者において結果的
に有益であるか”といった点に焦点を絞り、判断しているみたいでした。


確かに”結果”だけみるとどちらも同じなんですけど、でもレールの進行
方向を変える為にレバーを動かす事と、自分の隣にいる罪もない人間を
橋の上から突き落とすのでは、感情的なインパクトが大きく違って来る
と思うのですが。


85%の人が、「5人を救うためでも線路に落とさない」と答えた理由
というのは、やはり”5人の命を救ったという事よりも、自らが直接手
を下したことによって人を殺してしまったという罪悪感の方が打ち勝って
しまうからではないのか?などと思ったりするのですが、あーちゃんに
とっては5人を救った事実は、1人を犠牲にしてしまったという事を
容易に”正当化”してしまえるのではないか?などと思ったのでした。


(実際私自身、家に侵入してきた強盗を殺す事に対しては、”人を殺して
しまった”という罪悪感よりも、その行為は自分や家族を守る為にやむ
を得ずとった”正当防衛的行為だ”という正当化意識の方が強く働くの
ではないかと思います。

この精神的な”合理化”や”正当化”も、時には考えられない選択をしな
ければいけない私達の、その後の精神衛生を維持していく為にとって
重要な、脳の”コーピングメカニズム”もしくは”防御メカニズム”
なのかもしれないと思ったり。)



こういった人の苦痛(心身共)や命に関わる問題は、通常私達は、
”頭ではわかっているのだけど、気持ち的にはどうしてもできない”
と言った、「理性」「感情」に支配されてしまう状態になりやすい
と思うんです。

人間と言う者はエモーショナルな動物なので、本能的にそうプログラム
されているのでしょうし、それだからこそ人類が進化し,文明も発展して
きたとも言えるでしょう。

(そして又、色んな事を経験して、歳をとって”人の子の親”になると
また余計に「感情」の部分が作用して来ると言うか...)


そんな「感情的脳」を持つ私達の中には、その最初の”バリア”を通り
抜け、冷静な状態で物事をあらゆる視点から見てデータを集め、それらを
客観的に分析して現実的、実用的、有効的な判断をくだす、「理性脳」
のグループの存在も必要なのだと思います。

(あっ、それがいわゆる”科学者”達なんでしょうね。)


あーちゃんの脳は多分、”科学者系の脳”なんだと思います。


これらの人達は一見”冷たい”とか”無情だ”と見られるかもしれませんが、
世の中にあらゆる問題があふれ、混沌としていてまわりが感情的になり、
重要なポイントを見失いがちな状況の場合は、こういった人達の存在
が大切になってくるのではないかと思います。


まあ、でも確かに実際その場でこういった判断に迫られるのと、仮説的
状況で判断をくだすのとはまた違って来るとは思いますが、(実際には
多分あーちゃんも罪のない人を突き落とす事など出来ないと思います。)
あーちゃんの場合、”行為を正当化する時の判断の基準点は、”行為によって
もたらされる結果である”
と言う帰結主義的な姿勢がみられ、11才
(もうすぐ12才)にして、すでにある程度自らの考え方が現れ始めて
いるのだな〜と、思ったりしたのでした。



尚、あーちゃんの判断が「社会的感情」「共感性」の欠如によるところ
から来ているのか(自閉症が影響している)そうでないかは定かでは
ありませんが、この思考実験を試してみて、あーちゃんの個人の思考
パターンを観察する事ができたという意味でも大変興味深かったです。


                   「う〜ん、難問だ...」


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by mathkid | 2012-10-15 03:45 | ママのRandom Thoughts

数学が大好きな14歳の2E kid(ASD&ギフテッド)あーちゃんの日記。 カリフォルニアからネバダに引っ越し新しい学校へ通い始めました。凸を伸ばし凹を支援の精神で頑張ってます。 目指すはMIT or Caltech!


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